“太田裕美”の現在!劣化?夫は音楽関係”子供は?実家は寿司屋?

太田裕美といえば、僕の青春時代の直球の人です。
ずいぶん前に結婚して子供が2人がいます。
一時期活動を縮小してましたが、最近は活動していて
アルバム出したりしてるみたいですね。

太田裕美3

1974年「雨だれ」でピアノの弾き語りというスタイルで

デビューした太田裕美。

翌75年にリリースした「木綿のハンカチーフ」は、

空前の大ヒット曲となりました

生まれは東京荒川区であり3歳の時に春日部市に引っ越し

幼い頃から音楽が大好きだった

8歳からピアノを習いなんと作曲までできるセンスがあり

さらにコーラス部で活動もしていました

音楽にたいしては当時としては半端でなかったんですね

小学校を卒業した後は上野学園中学校音楽指導声楽科に入学

してから3年生の時にはスクールメイツのオーデションを受け

 合格

 

そして渡辺プロの東京音楽学院にはいりました

その時の同期生には伊藤蘭さんや田中好子さんといった大物がいました

その後ナベプロに正式に所属してから

1975年にリリースした木綿のハンカチーフがダイヒットし

彼女の名前は一気にブレークしましたね

NHK紅白歌合戦には5年連続出場しましたが

1982年に歌手活動を一時休業し

8ヶ月間ニューヨークに単身留学しました

 


大田裕美–木綿のハンカチーフ

太田裕美1

帰国してからはポップ調の歌を歌うことが多くなり

作曲などをしていますね

 

家族について

 

太田さんの夫は

福岡智彦さんという音楽プロデューサーです

1985年1月26日に結婚しました

太田裕美5

お子様は2人の男の子に恵まれました

二人とも音楽関係の仕事はしていないみたいですね

 太田裕美さんの実家

 

太田裕美さんの実家は春日部市にあります

そこでは寿司屋「大寿司」と工場を経営していますね。

中学から音楽系の私立学校に通っていますのでかなり

裕福な家庭だったのですね~

性格はおおらかでお嬢様育ちだったんですね~

音楽系はお金がかかりますからね~
今現在の太田裕美さん

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ライブ活動を再開してあの太田裕美さんが還暦です

還暦を迎えてもとてもステージを大事に活動しています
見た目はやっぱりコンサートなど活動していますから

全然若くみえますが「劣化」といわれれば歳よりずっと

若々しさを保っていると言えるでしょうね~~

やっぱりアイドルといわれただけあって今みても

素敵な歳のとりかたですね。あなたもお洒落をしてくださいね

自分で留学をして音楽の勉強をしてきたのが今生きているんでは

ないのでしょうか?

還暦過ぎてステージを努めるって凄いですね。

太田裕美2

太田裕美さんは、

伊勢正三さん(元かぐや姫・風)

大野真澄さん(元ガロ)の3人で、「なごみーず」という

ユニットを組んで活動されています。

それぞれのヒット曲・・

伊勢さんなら「なごり雪」「22才の別れ」などの

リードボーカルで、他の2人がハーモニーをつけたり、

太田さんが「木綿のハンカチーフ」をリードをとって、

他の2人がハーモニーをつけたり・・という感じで演奏。

彼女はキーボードを担当されているようです。

名前のとおり、本当に心をなごませてくれる、

歌をきかせてくれます!
太田裕美4

一度も犬を飼ったことはなかったんです。男の子二人の子育てが

ずっと大変でしたし、命を預かる責任もありますしね。

でも引き取りにいった時に運命を感じました。私がもし

飼うならと、昔から密(ひそ)かに決めていた柴犬だったので。

赤ちゃんの時から育てたのでとっても手間がかかりましたが、

すごくかわいくて。見ているだけで心が癒(いや)されました。

柴犬の特性なのか「小太郎」から私にまとわりついてくることはなく、

いつも私のほうから近づいてぐじゃぐじゃ毛をかきまわしています(笑)

お気に入りのぬいぐるみにいつも穴をあけてしまって、

私がすでに300針ぐらい縫っているんですよ


太田裕美・君と歩いた青春

おおた・ひろみ シンガー・ソングライター。1974年に「雨だれ」で

デビュー。

近年はソロ活動に加え、伊勢正三、大野真澄とのユニット「なごみーず」の

活動も積極的に行う。2014年4月、敬愛する筒美京平さんの

トリビュートカバーフルアルバム『tutumikko』(全10曲)発売。

これからもマイペースで仕事をしてファンにあの
素敵な声を聞かせてください

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