”神田沙也加”母許せない”初著書から外した母・聖子の写真!?~許せない確執~

神田沙也加「許せない…」初著書から外した母・聖子の写真
【神田沙也加】1月23日、神田沙也加(28)のスタイルブック『Dolly girl』(宝島社)
発売された。彼女にとっては、初めての自著。

神田沙也加5   神田沙也加1

半生紹介にも6ページがかれ父・神田正輝(64)との

ツーショットも掲載されているが、

母・松田聖子(52)の写真は1枚たりとも使用されていないのだ。

 

ある芸能関係者は言う。

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「昨年2月に、聖子は兄が代表取締役、母・一子さん(82)が役員を

務める所属事務所から新事務所に移籍しました。いっしょ移ったのは

元恋人でいまもマネージャーを務める11歳年下のA氏です。

沙也加は昔からおばあちゃん子でしたから、そのまま残りました。

それ以来、聖子と沙也加の“断絶”も報じられていますが、

今回のスタイルブックの内容は、その冷え切った

関係を浮き彫りにしているようですね」
『Dolly girl』には《父神田正輝、母松田聖子の間に、

1986年10月1日長女として生まれました》と“松田聖子”の名前は

この1カ所にしか登場しない。半生紹介からは、母が仕事や恋愛に

邁進するあまり、振り回され続けた娘の複雑な心境も読み取れる。

 

神田沙也加は過去を背負っている・・

 

《中学校は正直辛いことしかなかったです。結局4回転校を

繰り返しました

最初は高校までエスカレーター式の学校に通う予定だったんです。

でも入学ギリギリになって、親が海外を拠点として仕事を

することになって……》(『Dolly girl』より)

沙也加が中学進学時期を迎えたのは99年4月。その前年に

聖子は6歳年下の歯科医と再婚していた。もともと沙也加は

中高一貫の私立校・M学園への入学手続きを済ませていたのだが

4月から聖子がハリウッドの映画撮影に入ることが決まり

また夫もロサンゼルスの大学に通うことになって突然事情が

変わった。沙也加は千葉県内の私立中学校で寮生活をおくる

ことになったのだが待っていたのは“すさまじいいじめ”だったという。

前出の芸能関係者は「聖子の娘ということで目をつけられ標的になって

しまったそうです」と語る。彼女はロサンゼルスの学校へ編入したが

母も仕事で留守がち、継父と2人で過ごすのも気づまりで、また日本に

戻ってくることに「学校でのいじめや、継父との関係といった悩みを

相談できるのは、アメリカ進出に燃えていた母・聖子ではなく、

祖母・一子さんだったのです

現在の母娘冷戦の遠因には思春期から芽生えていた母への不信も

あるのでしょう」(沙也加の知人)

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母・聖子に対する“いまだに許せない”という思いが
初自著には反映されているようだ。

 

神田沙也加10

母・聖子の呪縛もあった・・・偉大すぎる母の幻影に苦しめられた

 

「パッしない二世」だった沙也加

01年、中3の春にSAYAKAの名でデビューしたとき、彼女はまさに

「親の七光り」だった。’02年のCDデビュー曲『ever since』は20万枚

売れたが、プロモーションに10億円かかったといわれるわりには

あまり大成しなかった。娘にとって母の操り人形でいることは

楽しくなかった

葛藤していた沙也加だが、自ら宮本亜門演出のミュージカル

『INTO THE WOOD』(’04年)のオーディションを受けに行った。

それが変化の始まりだった宮本亜門「あなたはあなたでいいんだ」 

今の神田沙也加を生みだしたのはこの人の存在が大きい

■以後、舞台で実力をつけていく・・現在にいたる表現力が養われる

神田沙也加3
熱いパフォーマンスを披露したTRUSTRICKの神田沙也加(左)とBilly=下北沢GARDEN

 

神田沙也加 Billyに感謝

歌手で女優の神田沙也加(28)とギタリスト・Billy(34)の

ユニット・TRUSTRICK(トラストリック)が28日、

都内でセカンドアルバム「TRUST」(発売中)の発売記念

イベントを行った。

昨年6月のファーストアルバムからわずか7カ月での新作リリース。

神田は「昨年はやりたいことが形にできた1年でした」と振り返った。

この日は14日に発売したばかりのシングル

「FLYING FAFNIR」(フライング・ファフニール)など

6曲を披露。「いつかの果て」では神田がBillyに

「だれが聴いても“いいね”っていうバラードを作ってもらいました。

ありがとう」と感謝した。

 

沙也加は聖子の両親と同居していましたが、聖子が渡米するたびに面倒を

見ていたのは神田でした。40代の男盛りだったのに、仕事が終わるとまっすぐ

沙也加のもとへ行き、彼女が寝るまでつきっきりでした。スキャンダルまみれの

聖子を母に持ちながら、沙也加がまっすぐ育ったのは、父親の愛あってこそ

なんです」(前出・芸能ジャーナリスト)

 現在の沙也加の活躍に、神田も陰ながら喜んでいるに違いない。

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